焼酎の買取

買蔵と焼酎買取

買蔵では、焼酎の買取も行っております。銘柄やグレードに関する豊富な知識と経験を持ったバイヤーが、お客様の焼酎を買取いたします。割れやすい陶器のボトルに入ったものや希少価値が高いものは、一本からでも出張買取に伺っております。過剰在庫でお困りの飲食店オーナー様なども、ぜひ私どもに買取させてください。

焼酎買取や古酒買取に実績のある買蔵なら、高価買取が可能です。

取扱リスト

下のリストにはない焼酎も買取させていただきます。まずは一度、買蔵までお気軽にご連絡ください。

買取強化中森伊蔵
森伊蔵森伊蔵酒造は、日本の鹿児島県垂水市に本拠を置く酒造メーカーで、4代目の代表銘柄『錦江』は、近隣の漁師らに愛飲される地元の焼酎だったが、知名度が低かったので販売が伸び悩み、蔵の行く末も危ぶまれていた。
5代当主・森覚志は、福井産コシヒカリを麹米に採用する革新を行いながら、初代より受け継いだ技で、厳選した契約栽培のさつま芋コガネセンガンのみをかめ壺でじっくりと熟成発酵させて、森伊蔵を造り出しました。
森伊蔵のまろやかな味わいと香りが、それまでの焼酎のイメージを一新し、焼酎になじみの無かった県外愛好家の支持を得て、全国的な焼酎ブームを引き起こした。
5代当主が「蔵元として自慢の焼酎です」と言えるだけの森伊蔵だからこそ、愛飲家としてフランスの元大統領・ジャック・シラクや広島の山本浩二監督もいるのでと思います。
村尾
村尾村尾酒造は明治35年に初代・村尾翁吉が焼酎製造業を創業した、鹿児島県薩摩川内市、川内川支流沿いに建つ蔵です。
『村尾』を造る杜氏兼社長の村尾寿彦氏の信条は、「まず安全なものを、次は気持ちよく飲めるものを造る。」で、特別なことは何もないということです。
しかし、原料調達から、生産、配達まですべてを1人でやり、仕込みは一次、二次とも甕壺仕込にするなどは、焼酎造りの天才のこだわりといえます。麹造りから蒸溜まで手作りの道具・器具を使って造られる焼酎は、他の人が真似しようにも出来ない達人の焼酎です。
じっくりと熟成した本物焼酎には「焼酎造りに命をかけている」情熱が感じられます。
村尾は柔らかな飲み口で甘さの中にスッキリとした芋の味も感じさせる、飲み飽きしないタイプの焼酎です。
非常に飲みやすい焼酎ですが、口に含んだ瞬間、芋の香ばしさが一気に広がる強烈な風味が最大の特徴です。
魔王
魔王魔王を造る白玉醸造は明治37年の創業で、鹿児島県肝属郡錦江町にあります。
主な銘柄は白玉の露、天誅、元老院、梅酒、魔王で、革新的な焼酎を数多く世に送り出しています。
「魔王」は、魔界への最高のお酒を調達する悪魔が天使を誘惑してもたらした特別のお酒を意味するようです。
現在の社長が約20年前、焼酎業界の将来を危惧して減圧蒸留の魔王を造り出しました。
減圧蒸留装置が天使のような優しさで、原酒を低温沸騰させ、激しさをカットするので、少年のような魔王を産み出します。
名前とは裏腹に、魔王は芋の香りが抑えめの、スッキリ軽快な芋焼酎になります。
ロックで飲むと芋の臭いがせず非常に飲みやすい焼酎で女性や若者でも無難に飲める焼酎です。
日本酒に使用する黄麹を使用している為、香りがよく、フルーティで飲みやすいです。
スッキリしたキレのある飲み口で、芋の甘味がフィニッシュに来るかっこよさです。
百年の孤独
百年の孤独百年の孤独の蔵元である黒木本店は、明治18年の創業で、宮崎県高鍋町にあります。
銘酒「百年の孤独」は孤独な焼酎ではありません。文化としての酒造りを実践する黒木本店が、「酒造りは農業である」との信念から、原料を作る農家の人々の協力を得て、作り出している焼酎だからです。
麦栽培日記からは、二条大麦「ニシノホシ」を栽培して百年の孤独を支える農家の人々の姿も知ることができます。
「ニシノホシ」は「ニシノチカラ」を母に、「栃系145」を父に誕生したものです。
創業以来の百余年の伝統技術に従い、手造りの麹を使って、厳選されたニシノホシを発酵・醸造し、減圧単式蒸留で、麦のクセや匂いといったものを取り除いて造られる焼酎です。
ウイスキーと同様に蒸留した焼酎をホワイトオークの樽で熟成させ「百年の孤独」として出荷します。
従って、色は薄い琥珀色で香りもウイスキーなどに近く、味わいは強いアルコールの中にも甘みが感じられ麦の香ばしさが広がる。
萬膳
萬膳宮崎県との県境にそびえる霧島山中に建つ蔵で、創業は大正11年だが、先代の社長が早くに亡くなられ、しばらく途絶えていた。
30年近くの休蔵の時期を経て、息子の息子の万膳利弘さんが、叔父の黒瀬杜氏の宿里利幸さんと蔵を再興し、平成11年に再出発をした。
麹は霧島山中でとれた減農薬米から手作りし、さつま芋コガネセンガンを原料にすべてかめ壺仕込みし、木桶蒸留器で、蒸留して造るという手間を惜しまない造りをしている。
薩摩隼人を想わせる味わいに仕上がっている。
農家には高品質のコメや芋を求める代わりに、高い値段で引き取り、農家の名前をラベルに記載して、尊敬と感謝の気持ちを表しているようです。
また、全国の特約店を大切にするために自社販売を控え、定価販売で顧客を大切にしています。
萬膳を取り巻く周りの人々を大切にするのも特徴のひとつです。
このような信念から生み出される焼酎は、安心して飲め、心の洗われる想いがします。

焼酎の話

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「あの時と今をつなぐ一杯の焼酎」

 会社の正面玄関を出ると、あたり一面真っ白だった。知らぬ間に、雪が積もっていたのだ。

「12月だもんな……」つい口をついて言葉が出た。

「独り言なんて俺も年を取ったもんだ」心の中で自分をからかって、俺は駅に向かって歩き始めた。

12月最初の金曜日。世間は年末に向けて歩みを速め始めたようだ。ここのところ、定時で帰れたためしがない。今は夜の8時だが、これでも早く帰れた方である。今日くらいは早く家に帰ってゆっくり寝ようかと思っていたが、いざ早く会社を出たらなんとなくこのまま家に帰りたくないような気持ちになって、俺は繁華街の方に歩き始めた。

駅まで歩いている間に、また雪がチラチラと降り始めた。通りの向こうを若いカップルが体を密着させながら歩いている。客を見送りに店の外に出てきたスナックの女が、露出した肩を手で抱きながら空を見上げている。ほろ酔い加減のサラリーマンが、交差点の洋菓子店で家族へのお土産であろうケーキを買っている。みな、それぞれの思いを胸に抱きながら、それぞれの12月を過ごしているのだ。

少し、センチメンタルな気持ちになった俺は、コートの襟を立て、かじかむ手をさすりながら繁華街を奥へと進んだ。

繁華街のはずれに、赤提灯の飲み屋がある。

もう70近くなるであろう爺さんが一人でやっている店だが、ありとあらゆる種類の焼酎が揃っていて、この辺りでは知る人ぞ知る名店なのだ。

引き戸を開けて店に入ると、爺さんと常連のおっさんが喋っていた。野球の話と孫の自慢話。いつもの光景である。ここだけは、12月も年末も関係ないようだ。

俺は、カウンターに座り、焼酎のお湯割りを頼んだ。爺さんが、米にするか芋にするか麦にするか聞いてくる。いつもなら初めは麦から頼むが、なんとなく違うものを飲みたい気分になったので、黒糖を頼んだ。

俺は、黒糖焼酎が好きだ。初めて黒糖焼酎を飲んだのは、奄美大島に行ったときだった。学生時代に付き合っていた彼女が奄美諸島の出身だったので、彼女の実家を二人で訪れたのだ。彼女の両親は俺を盛大にもてなしてくれた。島の伝統料理・鶏飯や豚味噌、伊勢海老など、豪華な料理が食卓を飾った。そして、名産品である奄美黒糖焼酎をいただいた。とても口当たりがよく飲みやすいが、やはりアルコール度数は高い。親父さんに勧められるがままにロックで何杯かいただいていたら、あっという間に酔ってしまった。

そんな思い出に浸っていたら、いつの間にか目の前に黒糖焼酎が置かれていた。

一口飲んだら、あの時の記憶がまた蘇った。奄美旅行はとても楽しかったが、俺達はその後いろいろあって別れてしまった。彼女は今どこで何をしているんだろう。元気にやっているんだろうか。幸せに生きているんだろうか。まあ、もう10年も前の話だ。記憶の中では彼女も俺もハタチのままだが、今ここでひとり酒を飲んでいるのは30歳の俺だ。

なんだか今夜は酔いたい気分になってしまった。10年経ってあの頃よりは酒も強くなった。それでもこの黒糖焼酎は俺を酔わすには十分強い。

黒糖焼酎のあと、泡盛をいただいた。泡盛は沖縄の酒だが、その起源には様々な説がある。一説には、タイからもたらされたという話もある。陳侃の『使琉球録』に南蛮酒(現在の泡盛)のことが記されており、南蛮酒は暹羅(タイ)から琉球へもたらされたという記述があるそうだ。泡盛の原料にはタイで食べられているインディカ米が使われていることからも、この説が有力だといわれている。

泡盛の後は、芋焼酎をロックで頼んだ。このあたりで、身体が宙に浮かんできた。それにしても、日本にはうまい焼酎がたくさんある。この店に来ると、ついついいろいろな焼酎に手を出してしまう。そして結果いつも酔っ払ってしまうのだ。

今夜もそうだった。
散々飲んで、千鳥足で店を出ると、雪はさらに強くなっていた。

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